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東京地方裁判所 平成4年(ワ)20430号 判決 1994年4月22日

原告

菅生孝幸

被告

株式会社グリーンキヤブ

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金三一六万一五八一円及びこれに対する平成三年九月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金一二九四万七七二一円及びこれに対する平成三年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び証拠によつて容易に認定しうる事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成三年九月二四日午後七時二五分ころ

(二) 場所 東京都新宿区四谷二丁目一番先路上

(三) 態様 被告原田正治(以下「被告原田」という。)は、右道路を四谷駅方面から新宿駅方面に向けて普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)を運転して走行中、左車線に車線変更しようとした際、同方向に直進していた原告運転の自動二輪車(以下「原告車両」という。)に衝突した。

その結果、原告は、右鎖骨骨折、第八ないし一一助骨骨折、右示指脱臼、右膝打撲、左手関節捻挫の傷害を負つた。

2  責任原因

(一) 被告原田は、被告車両を運転中、車線変更をするに際し、安全確認等を怠つたため、原告車両に衝突したから民法七〇九条に基づき、本件事故について損害賠償責任を負う。

(二) 被告株式会社グリーンキヤブ(以下「被告会社」という。)は、本件事故当時、被告原田をタクシー運転手として雇用し、被告原田は被告会社の業務のために被告車両を運転中に本件事故を惹き起こしたものであるから、民法七一五条に基づき、また、被告車両を保有し、これを自己のために運行の用に供していたから自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故について損害賠償責任を負う。

3  損害の填補

被告会社は、東京女子医科大学病院及びみかなぎ五反田病院に対し原告の治療費として三二万五一二〇円を支払い(乙二五ないし三〇)、原告に対し、装具代として一万七七〇〇円(乙九)、休業補償として二七一万八一四四円(乙一ないし八)、二六万九九〇二円(乙三一)を支払つた。また、原告は後遺障害につき、自賠法施行令別表の一四級一〇号に相当するとの認定を受けて、自動車損害賠償責任保険から七五万円を受領した(甲二一、金額及びその受領については明らかに争わない。)。

二  争点

1  損害

原告は、既払治療費等のほかに、<1>入院雑費、<2>休業損害、<3>後遺障害による逸失利益、<4>慰謝料(傷害分及び後遺障害分)、<5>修理費用、<9>弁護士費用を請求しており、被告らは、その相当性ないし額を争う。

2  過失相殺

(一) 被告の主張

被告原田は、後方の安全確認を十分にしないまま左折を開始したため、左後方から走行してきた原告車両の進路を妨害する形で被告車両を原告車両に衝突させたものであるが、前方をよく注視せず被告車両を左後方から追い抜こうとした原告にも過失があり、三割の過失相殺をするのが相当である。

(二) 原告の主張

被告原田は、原告車両のやや右後方を走行していたところ、歩道際にタクシー待ちの客を見つけ、加速して原告車両の前に回り込むように突然左折したため、被告車両の前部を原告車両に追突させた。

仮に、原告車両が被告車両の左後方を走行していたとしても、本件事故は、信号待ちをしていた双方車両が青信号に変わつて発進直後の事故で、双方車両間の距離及び被告車両とタクシー待ちの客との距離のいずれもが短かつたから、原告が突然左折を開始した被告車両を避けることは不可能であつた。

したがつて、いずれにしても本件事故は、被告の一方的な過失によつて惹き起こされたものである。

第三争点に対する判断

一  本件事故態様

1  証拠(甲三の一、二、甲六の一ないし四、甲六の一五、甲七、一四、六、乙三二ないし三四、原告、被告原田の各本人尋問の結果)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件現場は、別紙図面のとおり、四谷駅方面から新宿駅方面に通ずる、片側三車線、中央分離帯を含めた車道幅員二八・一メートルの歩車道の区別のある道路(いわゆる新宿通り、以下「本件道路」という。)上にあり、路面は舗装され、速度制限は時速五〇キロメートルである。本件事故当時、小雨模様の天候であつたが、見通しは良く、前後方一〇〇メートル程度は見通せる状態であり、交通は頻繁であつた。

(二) 被告原田は被告車両を運転し、本件道路の第三車線上を、四谷駅方面から新宿駅方面に向けて時速約四〇キロメートルで進行した後、本件現場から約一〇〇メートル手前の四谷一丁目交差点の対面信号が赤色表示を示したので先頭で停止し、同信号が青色表示に変わつて発進し、時速約三〇キロメートルまで加速して、別紙図面<1>地点に向かつたところ、ここで、前方約一八・三五メートルの地点にタクシー待ちの客を見つけたため、左折の合図をすると同時に時速一〇キロメートル程度に減速して、ハンドルを左にきり始め、別紙図面<2>の地点で原告車両と接触した。被告原田は、右接触まで原告車両には気付いていなかつた。

(三) 他方、原告は、本件道路の第二車線上の第三車線寄りを被告原田と同方向に時速約四〇キロメートルで進行していたところ、左に寄つてきた原告車両と接触し、左前方に約九・一メートル逸走して第一車線歩道寄りに駐車中の車両に衝突した。

2(一)  まず、原告は、四谷一丁目交差点のさらに約二〇〇メートル手前の四谷見附交差点で対面信号が赤色表示を示したので停止した後、四谷一丁目交差点では対面信号の青色表示に従つてこれを通過したから、両交差点の信号の表示の時間差からすれば、四谷一丁目交差点で対面信号の赤色表示に従つて停止したとする被告原田の供述は事実に反し、四谷見附交差点から先頭で発進した原告車両の後方を被告原田が走行してきた旨主張する。

しかし、原告の主張は事故当時の四谷見附交差点の信号サイクルを前提とするものではなく(乙三四によれば、同交差点の信号サイクルは、コンピユーター制御で、交通量に応じて変化する事実が認められる。)、また、同交差点と四谷一丁目交差点の信号との連動関係が不明であることからすれば、信号サイクル及び両信号の連動関係を前提とする原告の主張は直ちに採用することはできない。

(二)  また、原告は、被告原田は、原告の右後方から原告車両の速度を上回る速度に加速して、原告に追いつき、原告車両の後部に被告車両の前部を追突させた旨主張する。

しかし、原告車両と被告車両との接触箇所については、証拠(甲六の一の現場見取図、被告原田)によれば、被告車両の方は、その左フエンダー付近であることが認められる。他方、原告車両についてはその後部であることを裏付ける客観的資料はなんらなく、原告が事故後捜査官に対し、右側から何かがぶつかつた旨供述している(甲六の三)ことからしても、原告車両の接触箇所は、むしろその右側部分であつたものと推測できる。

さらに、被告車両の走行速度については、前記認定の接触状況(原告は、被告車両と接触後、転倒したり、投げ出されたりすることなく、左前方に逸走した。)、被告車両の破損状況(前掲現場見取図、乙三四によれば、損傷は軽微であつたことが認められる。)などからすれば、時速約三〇キロメートルで走行していたとする被告原田の供述は自然であり、時速約四〇キロメートルで走行していた原告車両を上回る速度で走行していたものと認めることはできない。

(三)  結局、被告車両は、時速約三〇キロメートルで走行していたが、前方一八・三五メートルという目前の地点にタクシー待ちの客を見つけ、急に時速約一〇キロメートル程度までに減速して、ハンドルを左にきつたため、時速約四〇キロメートルで同方向に進行してきた原告車両が、被告車両に気付かず、これを避けきれずに接触したものと推測できる。

3  以上の認定事実を総合すると、被告原田は、左後方の安全を確認しつつ適切な方法で進路変更すべき注意義務があるのにこれを怠り、左後方の安全を確認しないまま、しかも、左折の合図と同時にハンドルをきるという極めて不適切な方法で進路変更をした過失が認められ、その程度は重い。

他方、原告においては、交差点付近においては進路変更する車両があることは容易に予想することができるのであるから、進行するに際しては、前方左右を注視しつつ進行すべき注意義務があり、これを怠つた点に若干の過失があつたことは否定できず、右の被告原田と原告の各過失を比較すると、原告の損害の一〇パーセントを減ずるのが相当である。

二  損害

1  治療費 三二万五一二〇円

乙一〇、一二、一七、一九、二一、二三によれば、右のとおり認められる。

2  入院雑費 二万七六〇〇円

(請求 同額)

右金額については、当事者間に争いはない。

3  装具代 一万七七〇〇円

乙九及び弁論の全趣旨によれば、右のとおり認められる。

4  休業損害 二二三万一九七六円

(請求 三五七万三四一〇円)

休業期間について、原告は仕事の再開を平成四年六月からである旨供述し、これに沿う証拠(甲四の一ないし七)もあるが、乙二四によれば、遅くとも平成四年五月一六日から就労可能であつたことが認められるので、本件事故の日である平成三年九月二四日から最終治療日である平成四年五月一五日までの二二六日間が相当と認められる。また、甲四の一によれば、本件事故前三月間の原告の一日当たりの売上は、一万六四六〇円であること(1,514,346÷92=16,460)、甲一二の一、二によれば、その所得率は六割を超えないこと(平成三年分の売上から、固定経費である地代家賃以外の経費、すなわち車両関係費、備品費、工具費を除いたものが収入と認められ、右収入が売上に占める率は約五五パーセントである。)がそれぞれ認められるから、原告の休業損害は、次のとおりとなる。

16,460×0.6×226=2,231,976

5  後遺障害による逸失利益 二四八万七〇九〇円

(請求 七〇九万七七九〇円)

原告は、本件事故当時、四一歳であつたところ、本件事故によつて、右肩痛、右示指DIP関節可動域制限、右膝異常知覚、右示指痛、右示指可動域制限の障害が残り、緩解の見通しがないこと(甲二)、これらの障害は平成四年五月一五日に症状が固定したこと(乙二四)、このため、バイクの運転に支障を来し、仕事の量を減らさざるをえなかつたこと(甲一四、原告)、自動車損害賠償責任保険においても一四級一〇号の後遺障害に該当するとされたこと(甲二一)がそれぞれ認められる。

以上の原告の後遺障害の内容・程度、現在の可動状況等を総合すると、原告は症状固定の際の年齢である四二歳から六七歳まで、本件事故以前の所得三六〇万四七四〇円(16,460×0.6×365=3,604,740)の五パーセントに相当する収入を喪失するものと推認することができる(原告は、その後遺障害は自賠法施行令二条の後遺障害別等級表の一三級に該当し、労働能力喪失率は九パーセントである旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)。そこで、中間利息をライプニツツ方式(症状固定の際の年齢である四三歳から六七歳までの二四年に相当する係数は一三・七九九である。)により控除して本件事故時の逸失利益の現価を算定すると、次のとおりとなる。

3,604,740×0.05×13.799=2,487,090

6  慰謝料 二二五万〇〇〇〇円

(請求 傷害分一四三万円、後遺障害分一五〇万円)

本件事故に遭つた際に被つた原告の苦痛、治療期間が平成四年五月一五日までの約八月間に及び、入院日数が二三日、実通院日数が五一日に及んだことなどを考慮すると、傷害慰謝料として一三五万円が相当である。

また、右示指痛に神経傷害を残すなどの後遺障害の内容・程度などの諸般の事情を総合考慮すると、後遺障害に対する慰謝料として九〇万円が相当である。

7  物損 三七万四三四五円

(請求 同額)

証拠(甲二〇の一ないし三)及び弁論の全趣旨によれば、原告の自動二輪車の修理費用として右のとおり認められる。

8  合計 七七一万三八三一円

9  既払 四〇八万〇八六六円

既払の内訳は前記のとおりである。

三  過失相殺・既払控除後の金額

前記のとおり原告の損害の一〇パーセントを控除した後の金額は、六九四万二四四七円(円未満切捨て)であり、既払額を控除した残金は、二八六万一五八一円となる。

四  弁護士費用 三〇万〇〇〇〇円

五  合計 三一六万一五八一円

六  以上の次第で、原告の本訴請求は、右五記載の金額及びこれらに対する不法行為の日である平成三年九月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

交通事故現場見取図

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